大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和57年(ワ)113号 判決 1984年6月29日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 元村和安

被告 株式会社 西日本新聞社

右代表者代表取締役 青木秀

右訴訟代理人弁護士 水崎嘉人

同 中島繁樹

同 林正孝

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、被告発行の西日本新聞に縦・横各四ミリの活字を使用して別紙(一)記載の謝罪広告を掲載せよ。

2  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年二月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1及び2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、「西日本新聞」という名称の新聞を発行している。

2  被告は、昭和五七年二月五日付の右新聞に、縦・横各約四ミリの活字を使用した見出しで「佐賀の産婦人科医に逮捕状」とし、別紙(二)記載の内容の記事(以下、見出しを含めて「本件記事」という。)を掲載した。

3  しかしながら、原告が地中海クラブでルーレットとばくの常連客になっていたことはもちろん同クラブでとばく行為を行なったことはなかったし、「とばく」容疑の逮捕状は出ていたものの、「常習とばく」容疑の逮捕状が出たことはなかった。

4  右3に述べたとおり、本件記事は誤った報道であり、原告に対する不法行為を構成するところ、原告は、右報道により著しく名誉、信用を毀損され、多大の精神的苦痛を蒙った。

5  よって、原告は被告に対し、原告の名誉回復のための措置として請求の趣旨一項記載のとおり謝罪広告の掲載を求めるとともに、精神的苦痛に対する慰藉料として金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五七年二月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告に対し、「とばく」容疑の逮捕状が出ていたこと、「常習とばく」容疑の逮捕状が出ていなかったことは認めるが、その余は否認する。

3  同4の事実は否認する。

三  抗弁

1  違法性阻却

(一) 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく不法行為は成立しないものと解すべきである。

そして、右のいわゆる真実性の証明にあたっては、報道の迅速性の要求と客観的真実の把握の困難性等から考えて、記事に記載された事実のすべてにつき細大漏らさずその真実であることまでの証明を要するものではなく、その主要な部分において真実であることの証明がなされれば足るものと解すべきである。

(二) 本件記事は、犯罪行為に関するものであるから公共の利害に関する事実に係ることは明らかであり、本件記事の報道目的は、暴力団の新たな資金源ともなり得る高級会員制クラブにおける新手のとばく行為に、社会的地位や職責に照らし厳しい倫理観を要求される医師が関与し警察の捜査を受けたことにつき、その当の医師である原告に対し医師としての倫理を問うことにあったのであるから、公益を図る目的に出た場合に該当することは明らかである。

(三) 本件記事において、真実性の証明を要する主要部分とは、本件記事の報道目的からして、又本件記事の核心的意味合いからして、医師である原告が当時世間の耳目を引いた地中海クラブ事件に関与したことで警察の捜査を受けていた事実及びとばく容疑で逮捕状が発布された事実である。

すなわち、逮捕状が出たということに関しては、とばく容疑の逮捕状が出たということが主要部分であり、それが、常習とばくか単純とばくかは主要部分ではない。

(四) 本件においては、原告が昭和五七年二月三日に博多署において、地中海クラブ事件に関して取調を受ける等博多署による捜査が実施され、又原告に対してとばく容疑の逮捕状が出された。

(五) なお、本件記事のうち、博多署が原告がルーレットとばくの常連客になっていたという事実をつかみ、とある部分は、本件記事の主要部分ではないが、仮にそうであるとしても、原告は地中海クラブにおけるルーレットとばくの常連客であったから右部分は誤報ではない。

2  無過失

(一) 1(一)に述べたとおり、摘示された事実が真実であることの証明がなされれば、当該行為の違法性はないが、仮に右事実が真実であることの証明がなされなくとも、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由のあるときは右行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解される。

(二) 本件においては、次のような事情があったので、原告に対し常習とばく容疑の逮捕状が出たこと及び原告が地中海クラブのとばくの常連客であったことを被告の担当記者である西田恒雄が信じたことについては相当の理由がある。

すなわち、西田恒雄は、原告が最初に博多署で取調を受けた昭和五七年二月三日ころまでの同署の幹部を含めた複数の係官からの取材を通じて、原告が会費三万円を払った地中海クラブの会員であったこと、原告が同年一月二日の地中海クラブでのとばく容疑で取調を受けていること、しかも、原告は同クラブの常連客であり、捜査の容疑は常習とばくであること等の事実を知った。同年二月五日は地中海クラブ事件の主犯格であり勾留されていた乙山春夫らの勾留期間が満了となり再逮捕が予想されていたので、その取材のため同署に赴むき、同日正午ころ乙山春夫らと同時に原告に対する逮捕状が発付されたことを同署の複数の幹部を含めた係官から取材し、さらに原告を含めた全員の逮捕の被疑事実について同署の幹部を含めた複数の係官に確かめたところ常習とばくであるとの返事を得た。

そして、捜査に対し支障を来たすことなく、かつまた被疑者のプライヴァシーを保護する必要があるため、西田恒雄がなした右係官からの聞込みによる取材の裏付をとることは不可能であった。

四  抗弁に対する認否

すべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が「西日本新聞」という名称の新聞を発行していること、被告が昭和五七年二月五日付の西日本新聞に本件記事を掲載したことは、当事者間に争いがない。

そして、本件記事は、原告に対する犯罪容疑に関するものであるから、原告の名誉・信用を害すべき性質のものであることが明らかである。

二  不法行為の成否について

1  民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利益に関する事実に係り、且つ、専ら公益を図る目的に出たものである場合、摘示された事実が真実であると証明されたときは、右行為には違法性がなく、また、その事実の真実であることが証明されなくても、当該行為者においてその事実が真実であると信じたことにつき相当の理由があると認められるときは、右行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解すべきである(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決、民集二〇巻五号一一一八頁)。

2  本件記事は、原告の犯罪容疑に関するものであり、それが公共の利害に関する事柄であることは、右記事自体から明らかであるところ、右記事の内容と《証拠省略》によれば、本件記事の報道目的は、社会的地位のある人々を対象にした高級会員制クラブにおける新手のとばく行為の反社会性を追及するとともに、社会的地位及び名誉を有する医師がそれに関与したということから医師のモラルを問うことにあったことが認められ、右によれば、本件記事は、専ら公益を図る目的で掲載されたことは明らかである。

3  そこで、以下本件記事につき、右真実の証明があるか否かについて判断する。

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は昭和五六年一二月二六日会費三万円を支払い、福岡市中洲の会員制クラブ「地中海クラブ」の会員となり、昭和五七年一月二日に再度同クラブに行き、将来も同クラブを利用しようと考えていた。

(二)  同クラブにおいてルーレットとばくが行なわれているということで、福岡県博多警察署は、昭和五七年一月一四日に同クラブの捜索を行ない、同クラブの従業員三名と客二人を常習とばくの現行犯として逮捕し、翌一五日同クラブ経営者乙山春夫をとばく開帳図利の容疑で逮捕した。

(三)  博多警察署の捜査により、原告が同クラブ会員になっていたことが判明し、原告は同年二月三日博多警察署において取調を受けたが、ルーレットとばくについて全面的に否認した。そこで、博多警察署は、原告の逮捕状を請求し、同月五日に福岡簡易裁判所裁判官渡辺忠雄は、原告に対する罪名とばくの逮捕状を発付した。その被疑事実の要旨は、「被疑者は、昭和五七年一月二日午後九時〇〇分ごろから午後一〇時三〇分ごろまでの間、福岡市《番地省略》、新川丈ビル七階、地中海クラブ経営者乙山春夫方において、同クラブ内に設置された「ルーレット」と称する遊技機を使用して、デイラー丙川夏夫(二六歳)など六名の賭客として丁原秋夫の賭客と共に金銭の代用物である張札(チップ)を賭けて「ルーレット」と称する賭博をなしたものである。」というものであった。

(四)  右逮捕状は、原告が同月六日博多警察署の任意出頭に応じたため執行されなかったが、同日の取調において原告は被疑事実を自白した。博多警察署は同月一〇日に原告をとばく罪で福岡地方検察庁に書類送検した。

なお、原告には、同年一月三日午前零時すぎに同クラブにおいてバカラと称するトランプによるとばくを行なったという容疑もあり、同年二月六日の取調の際には、右の点についても追及を受けていた。

(五)  福岡地方検察庁は、同年二月一七日乙山春夫らを処分保留のまま釈放したが、翌年三月二四日右乙山春夫、同クラブの従業員、とばく客ら一七人全員を起訴猶予処分にした。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告は、本件記事のうち、原告が同クラブにおけるルーレットとばくの常連客であったとの点及び逮捕状の罪名が常習とばくであったとの点に誤りがあったと主張するので、以下判断する。

ところで掲載摘示された記事の真実性の証明については、報道の迅速性の要求と客観的真実の把握の困難性等から考えて、記事に掲載された事実のすべてにつき、細大もらさずその真実であることまでの証明を要するものではなく、その主要な部分において、これが真実であることの証明がなされれば足りるものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、まず本件記事中原告が「地中海クラブ」におけるルーレットとばくの常連客であったという点は、前認定のとおり原告は昭和五六年一二月二六日「地中海クラブ」に行ってその会員となり、翌昭和五七年一月二日再度同クラブに赴いており、このように短期間に二度も同クラブに出入りしたことは原告が継続的に同クラブを利用する意思があることを十分に推認させるうえ、原告は捜査官の取調の際にルーレットとばくへの関与を自白している(前記のとおり原告を含め被疑者すべてが起訴猶予処分に終っているけれども、これは検察庁の公判維持の可否等を鑑みての判断であって、原告らの潔白が証明されたわけではない)のであるから、その大筋においてほぼ間違いのない事実といって差支えない。すなわち、右の点については真実の証明があると認められる。従って、原告本人の供述中「地中海クラブ」におけるとばくの常連客であったことはないし、ルーレットとばくなどはやっていないとの部分は採用し難く、また同供述中前記(四)の自白は取調に当たった警察官の強制によるものであるとの部分も、原告は福岡地方検察庁において自白し(《証拠省略》により認められる。)、かつ同検察庁における取調に強制がなかったことは原告も自認するところであるから、同様採用することができない。

つぎに、逮捕状の罪名が常習とばくであったという点が誤まりであったことは当事者間に争いがないが、前記認定の本件記事の報道目的からすれば、罪名が単純とばくであるか常習とばくであるかは本件記事の眼目ではなく、医師である原告が「地中海クラブ」においてルーレットとばくを行なった容疑で逮捕状が発付されたという事実が本件記事の主要部分であると解され、この点については、本件記事と客観的事実との間に何ら齟齬はないから、真実の証明があったことは明らかである。

4  してみれば、被告の抗弁1は理由があり、本件記事の掲載が原告に対する不法行為であるとの原告の主張は理由がない。

三  以上によると、その余の判断をなすまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綱脇和久 裁判官 森野俊彦 野尻純夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例